ソフィアへ
”ソフィア”、何となく惹かれる都市名だった。007シリーズ若しくはアガサクリスティーの影響だろう。しかし気にしはじめてから実際に訪れるまでにはかなりの年月がかかった。これは他の東欧諸国と比べて一般的な情報の不足と私の見方に一方的なものがあったからなのだろう。何年か経過した後の1994年初頭、やっとその機会が訪れた。1月初旬、それは真冬のソフィアだった。ウィーンから鉄道でブダペスト、ベオグラード(当時ユーゴスラビア戦時下だった)を経てソフィアに着いた。
ウィーン、ブダペスト、ベオグラード経由ソフィアへ
ユーゴスラビア通過の想いでに説明してあるが、 あまりにも無謀だったか?戦時下とはこんな状況なのだと思い知らされた。ウィーンから先ず、ブダペストへ着き、ソフィア行き夜行列車(最終的目的地はイスタンブールだったと思う)へ乗り換え、このときの列車の名前が”オリエントエクスプレス”と表示してあった、ソフィアへ着いた。
ブルガリア出張
1996年から97年に仕事で滞在する機会があり、ブルガリア各都市を訪れた。このときも最初の滞在が冬、12月だった。ここに掲載している写真はほとんどがそのとき(12-1月及び8-9月)に撮ったものだ。
最初、ソフィアへ来たときは陸路(ウィーンから鉄道)だったが、このときは、チューリッヒからバルカン航空でソフィアへ入った。オンボロ・・・、飛行機も空港も。とてもロシア的な空港の印象でした。今ごろはEBRDの融資により近代化されていると思う。 (数年前に改修されて新しくなったと聞く)
12月のソフィア
聖ネデリア教会、 ホテルよりネフスキー寺院方向を望む<
アレグザンダー・ネフスキー寺院 ソフィアの中心街
![]() |
![]() |
アレグザンダー・ネフスキー寺院
バルカン半島最大且つ最も美しいと称えられる正教寺院。1882年に着工し、40年後に竣工した、露土戦争で亡くなったロシア兵20万人を慰霊するために建立された。地下にイコン博物館がある。
聖ソフィア教会
アレグザンダー・ネフスキー寺院の隣、ソフィア名の由来となった寺院。赤レンガでできた教会で、ビザンチン帝国時代の6世紀に建立された。現在の教会は、20世紀に復元されたもの。 ソフィアにある東方正教会としては最も歴史が古い。
聖ネデリア教会
スヴェタ・ネデリヤ広場、シェラトンホテルの前に建つ、ブルガリア正教の教会。1925年4月に当時の国王ボリスV世を狙った爆弾テロがあり、ボリスV世は無事であったが、100人以上の人がなくなった。現在の建物はそのテロの後で再建されたもの。
One day in winter, Sofia, Dec. 1996
アレグザンダー・ネフスキー寺院、 町にはドームを持つ建物が多かった
![]() |
![]() |
![]() |
聖ニコライ・ロシア教会
5つの黄金のドームと美しい尖塔を持つ教会 。1913年、ロシアの外交官セモントフスキー・クリロの命で、ロシア人建築家によって建設された。内部にはキエフにあるウラジーミル寺院のイコンのレプリカが納められている




